那覇家庭裁判所 平成9年(家)1358号 審判 1997年11月18日
申立人 今井茂 ほか2名
主文
沖縄県那覇市長親泊康晴は、申立人今井茂と申立人今井孝子との間に平成9年×月×日出生した長男である申立人今井(琉)につき、その名を「琉」とする出生届を受理せよ。
理由
第1申立ての趣旨及び実情
1 申立ての趣旨
主文同旨。
2 申立ての実情
(1) 平成9年×月×日、申立人今井茂(以下「申立人茂」という。)と申立人今井孝子(以下「申立人孝子」という。)との間に、長男である申立人今井(琉)(戸籍上の名未定、以下「長男」という。)が出生した。
(2) 同年2月××日、申立人茂が長男の名を「琉」とする出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したが、同年3月××日に那覇市長作成の同日付け不受理証明書と共に本件出生届の返却を受けた。同証明書の不受理の理由は、「琉」が戸籍法(以下単に「法」という。)50条2項及び戸籍法施行規則(以下単に「規則」という。)60条で定める子の名に用いることが認められている文字以外の文字であり、子の名に使用できない文字であるというものであった。
(3) 同月19日、申立人茂は、名前未定として長男の出生届を提出し、これに基づき戸籍の記載がなされた。
(4) しかし、那覇市長の本件出生届の不受理処分(以下「本件処分」という。)は、以下の理由により不当であるので、申立人らは、法118条、119条及び特別家事審判規則13条に基づき不服を申し立てると共に、特別家事審判規則15条に基づき、家庭裁判所が那覇市長に対し相当な処分、すなわち長男の名を「琉」とする出生届の受理を命じるよう求める。
ア) 法50条は、1項で「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。」と、2項で「常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。」と規定しているが、生まれた子どもとその両親には名前選択権(命名権)が憲法上保障されているから、法50条は憲法13条及び19条に違反する違憲の規定であり、この規定を根拠に本件出生届の受理を拒む本件処分は憲法に違反する処分である。
すなわち、法50条の規制の根拠は、子に複雑かつ難解な名前がつけられると当該子や関係者に社会生活上の不便を与え支障を生じさせることや、戸籍事務の適正かつ円滑な処理を困難にすることを防止することにあると考えられるところ、これらの根拠に、人格的自律権(自己決定権)として憲法13条により保障されている名前選択権を制約する根拠としての合理性を認めることはできないから、法50条は違憲である。
さらに、法50条は憲法19条の良心の自由に対する事実上の影響を最小限にとどめることにも配慮を欠いたものであり、違憲である。
また、法50条2項は常用平易な文字の範囲を命令(規則60条)に委任しているが、仮に、常用平易な文字に限って名前としての使用を認める立場に合理性があるとしても、常用平易な文字を網羅して予め使用できる文字を画一的に決定しておくことは実際上困難であり、そのような規定の存在が萎縮的効果をもたらし憲法上の権利である名前選択権を過度に侵害するから、法50条はこの点からも違憲である。
イ) 仮に、法50条が合憲であるとしても、規則60条は、法50条を受けて常用平易な文字の範囲を、<1>常用漢字表(昭和56年内閣告示第1号)に掲げる漢字(括弧書きが添えられているものについては、括弧の外のものに限る。)、<2>別表第二に掲げる漢字、<3>片仮名又は平仮名(変体仮名を除く。)に限定しており、過度に広範な規制を施している点で憲法13条及び19条に違反する規定であり、この規定を根拠に本件出生届の受理を拒む本件処分は憲法に違反する処分である。
ウ) 仮に、法50条及び規則60条が合憲であるとしても、常用漢字表の「前書き」に「現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すもの」とあること等から明らかなように、規則60条は単なる例示に過ぎず、那覇市長は実質的な判断をして本件出生届を例外的に受理すべきであったにもかかわらず受理を拒んだのであるから、本件処分は憲法13条及び19条に違反する。
エ) 仮に、本件処分自体は憲法に違反するとまで言えないとしても、「琉」の文字は「常用平易な文字」であり、子の名に使用することが相当ではない意味内容を持つものではなく、両親である申立人茂及び申立人孝子が真摯に長男の幸せを思い名付けたことが明らかであり、また、既に述べたように規則60条は単なる例示であるから、本件処分は不当であり、家庭裁判所の判断により那覇市長に対し本件出生届の受理を命じるべきである。
第2当裁判所の判断
1 本件記録並びに申立人茂、申立人孝子、那覇市市民部職員(那覇市役所首里支所勤務)の仲田幸夫(以下「仲田」という。)及び那覇市市民部長津村洋司(以下「津村」という。)の各審問の結果によれば以下の事実が認められる。
(1) 平成9年×月×日に出生した申立人茂及び申立人孝子の長男につき、同年2月×日に名を「琉」とする出生届が提出されたが、那覇市役所首里支所で応対した仲田が子の名に使えない文字であるため直ちに受理できない旨を説明したところ、申立人茂は再考するとしてこれを持ち帰った。
同月××日、申立人茂から再度本件出生届が提出されたため、同月×△日、那覇市長名で那覇地方法務局長に対し本件出生届の受理伺いが出された。同年3月×日、同局長から本件出生届を不受理にするよう指示が出されたため、同月××日、首里支所において、申立人茂に対して前記第1の2の(2)記載の理由による那覇市長名の本件出生届の不受理証明書が交付された。
同月△×日、長男につき名前未定として出生届が提出され、同月○×日に戸籍の記載がなされた。
(2) この間、長男については氏名欄の名の部分を空欄として住民票が作成され、文部省共済組合員証については被扶養者氏名「今井琉」の記載がなされたが、旅券については、戸籍上名前未定の場合にはこれを作成することができないとして申請が受理されなかった。その後の沖縄県知事に対する照会の回答は、一般に、戸籍上名前未定の者については旅券法6条1項2号の要件を欠くため旅券の申請を受理しておらず、本件の申立人茂からの長男についての旅券申請についても、旅券が特定の日本人の国籍と一定の身分を外務大臣が証明する公文書であって、名が欠落した人物の特定は困難であることを理由に受理しなかったというものであった。
(3) 申立人茂及び申立人孝子は、長男の名を「琉」と命名したい理由として、「琉」の字が郷土「琉球」を意味すると同時に光輝く宝玉を意味する字であり、かけがえのない宝である長男が郷土の再興に努力してほしいとの願いが込められている等と述べており、日常生活においても長男を「琉」として育てている。
申立人茂は○○教授であるが、専門分野の研究のため勤務先大学の了解を得て平成10年4月から1年間の海外研修に渡航する予定である。申立人孝子は○○講師であるが、申立人茂の海外研修に同行して現地の大学に編入学をし、研究生活を送ることを希望している。したがって、申立人茂及び申立人孝子は、長男と共に家族3人での海外渡航を計画しているが、長男についての旅券の申請が受理されないため、家族揃っての渡航は不可能な状況にある。
そこで、申立人茂及び申立人孝子は、平成9年7月××日、本件処分に対する不服を当庁に申し立てるに至った。
(4) 法50条1項では「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。」と定め、同条2項では「常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。」として、これを受けた規則60条において常用平易な文字の範囲として、<1>常用漢字表(昭和56年内閣告示第1号)に掲げる漢字(括弧書きが添えられているものについては、括弧の外のものに限る。)、<2>別表第二に掲げる漢字、<3>片仮名又は平仮名(変体仮名を除く。)が掲げられている。
このように子の名に用いる文字を制限するに至った経緯は以下のとおりである。昭和23年1月1日の現行戸籍法の施行に先立ち、昭和21年11月16日内閣告示により当用漢字表が制定されたが、同表は直接子の名に用いる漢字の取扱いの基準となるものではなかった。ただ、従来子の名に用いられていた漢字には複雑かつ難解なものも多く、命名された本人や周囲の関係者に社会生活上の不便を与え支障を生じさせ、戸籍事務の適正かつ円滑な処理を困難にするとして、現行の法50条の規定が設けられるに至り、これを受けた規則60条で常用平易な文字の範囲が当用漢字表(1850字)に掲げる漢字及び片仮名又は平仮名(変体仮名を除く。)に限定された。その後、子の名に用いることのできる漢字の範囲の拡大を求める要望に応えて、国会での国語審議会の建議を経て昭和26年5月25日に内閣告示により人名用漢字別表(92字)が定められ、同日付けの規則一部改正により、同別表が規則60条の常用平易な文字の範囲に追加された。さらに、昭和51年7月30日内閣告示により人名用漢字追加表(28字)が定められ、同日付けの規則一部改正により、同追加表が規則60条に追加された。
昭和56年になって当用漢字表が廃止され、これに代わる常用漢字表(1945字)が同年10月1日内閣告示により制定される一方で、子の名に用いる漢字については戸籍法等の民事行政との結び付きが強いことから法務省にその取扱いが委ねられることとなり、学識経験者、実務家等で構成する民事行政審議会において子の名に用いる漢字につき審議され答申された結果を受けて、昭和56年10月1日の規則一部改正の法務省令により、規則60条で定める常用平易な文字の範囲として、常用漢字表(1945字)に掲げる漢字、片仮名又は平仮名(変体仮名を除く。)のほか、人名用のために特に認める漢字として規則の別表第二(人名用漢字別表)に掲げる漢字(166字)が認められた。別表第二については、民事行政審議会の答申に基づき、平成2年4月1日の規則一部改正の法務省令により、さらに118字が追加された。
(5) 昭和63年5月ころ、市区町村の戸籍事務窓口において取り扱った規則60条に定める制限外の漢字についての調査が行われたが、津村によればその調査結果についての記録は残っていないとのことである。ただ、津村及び仲田が当時の関係者から聞いた話によれば、沖縄県内において最も使用希望の多かった字が「昴」であり、2番目が「琉」であったということである。なお、「昴」については最終的に別表第二に追加されたが、「琉」については追加されなかった。
(6) 「琉」の文字を使用した出生届を受理した例として那覇市において把握しているのは、沖縄県における昭和32年の現行戸籍法適用前の5例、適用後の2例である。2例のうち1例は家庭裁判所の名の変更許可の審判による届出を受理したものであるが、残りの1例については沖縄県内の他市町村において出生届をそのまま受理したものであり、那覇市長は誤って受理されたものと思われる旨を主張している。
(7) 那覇市長が会長となっている沖縄県戸籍住民基本台帳事務協議会において、平成9年5月、名護市から「琉」の文字を人名に使用できるように別表第二に追加を求める要望が出され、那覇市もこれに賛成し、この要望を全国連合戸籍事務協議会(以下「全国協議会」という。)に提案することが承認されたが、これを受けて同年10月21日に同協議会においてもこの提案を法務省に要望していくことが承認された。
(8) 那覇市長は、特別家事審判規則14条に基づく意見聴取において、那覇地方法務局と協議の上、戸籍事務管掌者として本件出生届を受理することはできないが、戸籍事務管掌者の立場を離れた意見として何とか本件出生届を受理できる方法はないか苦慮していると述べている。ただ、あくまで戸籍事務管掌者として受理はできないため、家庭裁判所の審判により受理を命じられる以外に方法はないとの趣旨の追加意見を述べている。
2 申立らの主張の検討
(1) 法50条が違憲であるとの主張について
申立人らは、生まれた子どもとその両親に憲法13条及び19条により保障された名前選択権があることを前提として、法50条が憲法13条及び19条に違反するから、本件処分は憲法違反であると主張する。
確かに、名は人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であると言えるが、一方、名は社会的には氏と一体となって個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるから、国民各自の民法上の身分行為及び身分関係を公簿上に明らかにしてこれを一般的に公証するところの戸籍制度を前提とする限り、出生の届出に際し、戸籍上の名を何らの制限に服することなく自由に選択してこれを戸籍に記載することを求めることができる権利が、生まれた子どもとその両親に憲法上保障されているとまで言うことはできない。
したがって、法50条が違憲であることを前提とする申立人らの主張はいずれも採用することができない。
(2) 規則60条が違憲であるとの主張について
子に複雑かつ難解な名がつけられると本人に不利益をもたらすばかりでなく、周囲の関係者にも様々な不都合が生じることが予想され、日々大量に生じる戸籍行政事務の画一的かつ迅速な処理にも支障をきたすことから、子の名を常用平易な文字に限定することには合理性があると考えられるところ、前記1の(4)で認定したとおり、子の名については右限定の合理性を前提としつつも、時代の推移につれて生じるなるべく多くの文字を使用したいとの国民の要望を考慮し、学識経験者らを参加させた審議会等により人名に使用できる漢字を数回にわたり追加してきている経緯があるから、戸籍上の名前の自由な選択と戸籍記載を求める権利が憲法上保障されているとまでは言えないことと併せ考慮すると、現行の規則60条が過度に広汎な規制を課していて違憲であるということはできない。
したがって、規則60条が違憲であることを前提とする申立人らの主張を採用することはできない。
(3) 那覇市長が実質的判断により受理すべきとの主張について
一般に、市町村長が戸籍法上の届出の受理、不受理を決するにあたっては、民法、戸籍法等に規定する法定要件の具備や添付資料等の形式的要件を審査すれば足り、このような形式的審査を超えた実質的判断をする義務まで負うものではない。これに加えて、各市町村において日々大量に発生する戸籍行政事務につき円滑迅速に処理しつつ、画一的な処理になるよう要求される現状からすれば、本件で問題となっている規則60条に列挙されている子の名に使用できる文字についても、単なる例示ではなく限定的に列挙されたものと解するべきであって、仮に市町村の戸籍事務担当者にその都度子の名に使用できる「常用平易な文字」か否かにつき実質的判断をさせた場合、市町村役場ごとの判断あるいは市町村ごとの判断により同じ文字が常用平易であるとされたり常用平易でないとされたりするおそれがあり、画一的な処理が不可能となるばかりでなく、同じ文字を使用した出生届が受理される場合とされない場合とが生じて国民の間に著しい不公平が生じることは必至である。申立人らは、常用漢字表の「前書き」中に同表が「現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すもの」であって、「個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。」、「固有名詞を対象とするものではない。」と記載されていること等を根拠に、規則60条が単なる例示であると主張するが、同条制定の趣旨からすれば、子の名に使用できる文字は、片仮名又は平仮名のほかは常用漢字表という表に載せられている漢字と別表第二という表に載せられている漢字とに限定されているのであって、常用漢字表自体が漢字使用の目安を示すもの等として定められたこととは別問題であるというべきである。
したがって、規則60条で定める子の名に使用できる文字は単なる例示ではなく限定列挙であると解すべきであり、市町村長はこれに従った戸籍行政事務を行えば足りるから、那覇市長が実質的な判断により本件出生届を例外的に受理すべきであったとの申立人らの主張を採用することはできない。
(4) 家庭裁判所の判断により受理を命ずるべきとの主張についてア)既に述べたとおり、規則60条に別挙されている子の名に使用できる文字については限定列挙であって、市町村長はこれに従った戸籍行政事務を行えば足り、これを超えた実質的判断を行う義務を負うものではないが、これと異なり、家庭裁判所は、子の名に使用できる文字が限定列挙されていることの趣旨を尊重しつつも、具体的事件においては個別判断が可能であると考えるべきである。その理由は以下のとおりである。
そもそも、戸籍法が118条において戸籍事件についての市町村長の処分を不当とする者は家庭裁判所に不服の申立てをすることができると定めているのは、形式的審査に基づく市町村長の戸籍行政事務処理中の具体的処分につき事後的に家庭裁判所がその当否を判断できるということであると考えられるが、これに加えて、当該不服の申立てに理由があると認められる場合には家庭裁判所は単に当該市町村長の処分を取り消すのではなく、市町村長に対し相当な処分を命じなければならない(特別家事審判規則15条)とされている趣旨からすれば、規則60条が限定列挙であっても、家庭裁判所に限っては事後的な個別判断を否定する趣旨ではないと解するべきである。
また、家庭裁判所による名の変更許可の審判があった場合にそれに基づく名の変更届出については、その名が規則60条に定める文字以外の文字を用いている場合でもこれを受理して差し支えないとの通達(昭和56年9月14日付け法務省民二第5537号法務局長、地方法務局長あて民事局長通達一の4、昭和24年11月15日付民事甲第2666号(二)549号民事局長回答(2)が同通達に吸収される。)が存在し、さらに、規則60条に定める文字以外の文字を用いた出生届を誤って受理し戸籍に記載した場合には、届出人又は事件本人に対して戸籍の訂正の申請を促すべきであり(昭和23年3月29日付民事甲第452号民事局長回答)、戸籍の記載前であれば法45条の追完の催告をすべきであるが、届出人がこれに応じないときは戸籍にそのまま記載するほかない(昭和39年9月9日付民事甲第3019号民事局長回答)との民事局長回答が存在するが、これらの通達や回答の趣旨からも、家庭裁判所に限り個別判断が可能との考えを導くことができるというべきである。
イ) そこで、那覇市長の本件処分が相当であるか否かの観点から個別具体的に検討する。
本来、「琉」の字が「常用平易な文字」と言えるか否か、すなわち「琉」の字を用いた出生届がすべての場合において受理されるか否かについては、基本的には立法(規則一部改正)の問題であり、既に認定したとおり、現在、全国協議会が「琉」の字を子の名に使用できるよう法務省に対して要望していくことが承認されていることからすれば、場合によってはその経緯を見守り、具体的には規則別表第二への追加を待つということも考えられる。
しかし、本件においては、前記1の(1)ないし(8)の事実が認められるほか、<1>「琉」の字自体は規則60条に列挙されている他の文字と比較しても平易であると言えること、<2>沖縄県においてはその歴史的背景からしても非常に重要な意味を持つ字であり、大学その他報道、金融、交通等各種機関の名称にも使用されているが、教科書等の記載やマスメデイアにおける取扱い等からしても、単に沖縄県内だけではなく日本全国においても常用されている文字であると言えること、<3>仲田、津村及び申立人らの審問の結果によれば、市町村の戸籍事務担当者に対して制限外の文字の届出や相談例につき統計をとったり記録に残す等の作業はなされていないようであり、名付け辞典等の出版物に「使えそうで使えない漢字」の例として挙げられていること等の影響で当初から「琉」の字を使用することを差し控えていることも予想され、現実の市町村窓口における「琉」の字を付した出生届の例ないし相談はどれほどあるかは不明であるものの、既に認定したとおり、昭和63年の調査で「琉」の字が沖縄県内で2番目に使用希望が多かったとの話もあり、現在、全国協議会が正式に法務省に提案することが承認されている事態からしても、沖縄県民に限らず国民の中での「琉」の字の追加希望は潜在的なものも含め相当程度あるとみられること、<4>「琉」の字が子の名に使用できる漢字として認められたとしても、規則60条制定の趣旨に反しないこと、<5>既に認定したとおり、申立人茂及び申立人孝子は真摯に長男の幸福を願い「琉」と命名したいと願っており、保険証等「琉」の名の使用可能なものについてはこれを使用する等、日常生活においては長男を「琉」として育てていること、<6>既に認定したとおり、長男につき戸籍上の名が未定のままでは沖縄県は旅券を発給できないことを明確に回答していること、<7>このような状況において、平成10年4月に海外渡航を控えている申立人らに対し、別表第二への追加を待たせて海外渡航及び研究生活を断念させたり、逆に海外渡航を優先させて家族での同居及び申立人孝子の研究生活を断念させるのは申立人らに酷であること、<8>別表第二への追加も、まだ全国協議会が法務省に対し提案することが承認された段階に過ぎず、実現するのはいつになるか予測はできないこと、<9>那覇市長は職責を離れた立場では別の見解を持っているとしつつも、戸籍事務管掌者としては本件出生届を受理できないとの態度を明確にしていること等の事情が存在し、これら諸般の事情を考慮して検討すると、那覇市長に対し本件出生届の受理を命じるのが相当であるというべきである。
なお、本件においては長男につき既に名未定での出生届が受理されているが、これは那覇市長が「琉」の名の出生届を不受理にしたため申立人茂においてやむを得ず名未定として届け出ざるを得なかったものであって、本件出生届の不受理処分と実質的には一体であると考えられるから、法118条及び特別家事審判規則15条の趣旨に鑑み、本件出生届の不受理処分だけでなく名未定の出生届の受理処分も実質的に取り消した上で、相当な処分として長男の名を「琉」とする出生届の受理を命じるのが相当である(東京家庭裁判所昭和48年11月30日審判家裁月報26巻5号102頁参照)。
3 よって、特別家事審判規則15条に基づき、主文のとおり審判する。
(家事審判官 釜井裕子)
〔参考〕 法務省令第73号
戸籍法(昭和22年法律第224号)第125条の規定に基づき、戸籍法施行規則の一部を改正する省令を次のように定める。
平成9年12月3日
法務大臣 下稲葉耕吉
戸籍法施行規則の一部を改正する省令
戸籍法施行規則(昭和22年司法省令第94号)の一部を次のように改正する。
別表第二中「琢」を「琢琉」に改める。
附則
この省令は、公布の日から施行する。